頑張れない期。

PKUと診断されてから、親御さんはもちろんですが、その当事者は幼いころからものすごい苦労と努力をされていることと思います。


1日に何度もミルクを飲まなければならなかったり、その上で食事も計算しながら摂って、、食べ過ぎても食べな過ぎても血中濃度は上がってしまうし、風邪や体調も崩しやすかったり、なんとか学校や職場に行っても自分だけお弁当だったり、しかもお弁当の中身や見た目も野菜中心で…人目がとても気になってしまったり、。

それでも周りの人たちは、食事についても体調を崩したり休みがちなことに関してもなかなか理解してくれなかったり、説明してもPKUは見た目じゃあまり判らない難病なので様々な場面で“普通”と同じを求められたり、なんとか頑張ってそれに応えてもそれで“当たり前”と捉えられたり…。


そんななか、PKUの当事者さんには遅かれ早かれ必ずやって来るのが、【頑張れない期】だと思います。しかもそれは不定期で何度でも、、。


それにはいろんな切っ掛けがあるとは思いますが、頑張ってもがんばっても“当たり前、当然”とみられて誉めてもらえなかったり、どんなに頑張っても他人と同じになれないことへの絶望だったり、なんとか人より頑張って他人と並んでも常に求められるそのラインに疲れてしまったり、ただただ頑張ることから目を背けたくなったり、、単純に日常でなにか嫌なことがあったり、、本当に様々です。


そしてその【頑張れない期】の壁にぶつかったPKU患者さんに、私たち周りの家族やパートナーが出来ること、も少なからずあると思います。


まず、私たちが率先して普段からの人一倍の努力を認めてあげること、ときに投げ出したくなることがあってもその気持ちを汲んで理解してあげること。

NGなのは「PKUなんだから当たり前」とか、「コントロールできないのは本人が悪い」とか、「体調崩したり休んだりを責める」とか、「ひとと同じを求める」、等々、、もちろん、「怠ったら血中濃度が上がっちゃうでしょう」、「上がったらどうなるか解ってるの?!」みたいなのもNGです、当事者さんも頭では解っているのですから、。

そんなこんなで、誉めこそすれど責めてしまうのは逆効果だったり、余計に当事者さんが心を閉ざして自暴自棄になったりしてしまうこともあるかと思います。


私たちもストレスが溜まって食欲がなくなったり、逆にやけ食いをしてしまったり、ということがあると思いますが、PKU患者さんだってそこは同じです。

もうなにも食べたくなくなったり、たんぱく質の計算をして食事の用意をするのがもう嫌になったり、、逆にふだん食べないようなたんぱく質の高い食べ物を食べてしまいたくなったり、。

それに関しては私は、たまにはそういう頑張れない日があったっていいんじゃないか、と思います。いつもいつも頑張っているわけですし、それは私たちの想像を絶する苦労だと思いますし、頑張ることに疲れてしまうことがあっても、至極当然じゃないかな、と。。


ただPKUという病気の厄介なところは、そこで拒食や過食にはしってしまうと精神的にも強い罪悪感にさいなまれたり、身体的にも血中濃度が上がったりして、、ただでさえ上がってしまった数値を下げるのには2週間以上掛かったりするのに、くわえて思考能力や判断能力が低下したり、頭がモヤモヤしてクリアじゃなくなって、再度コントロールして数値を下げていくのがより困難になってくるところ、だと思います。


そういうところでも、私たち周りの家族やパートナーが出来ること、があるのではないか、と。


普段からたんぱく質量を計算して料理をするサポートをしたり、本人がいざ出来なくなったときに代わりに食事の用意をできるようにしておいたり、もちろんミルクも作ってあげられるようにしておくと、本人がたとえば体調を崩して寝込んでしまったときとかでも役に立ったり、、。本人と一緒になってまたコントロールしていけるように、よき理解者として並走していくことも大事なのではないかな、と思います。


長くなってしまいましたが、PKU当事者さん、それからPKUのお子さんを抱える親御さん、家族やパートナーの方々は皆さん試行錯誤・苦労されていることと思います。

誰彼に関わらず、いつもいつも頑張っていて疲れてしまったら、そんなときは理解し合い支え合って、乗り越えていけたらいいな、なんて思うのでした。。。

PKU CIRCLE

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